生徒エージェンシーを育てる

2024.04.01

OECDによれば、この複雑で絶えず変化する世界において、生徒が主体性を持つことは大変重要です。2030年の生徒に必要なことは、生徒が「自らの人生と周囲の世界に積極的に影響を与える能力と意志を持っている」という信念を持つことです。自由ヶ丘学園高校は、一年生に生徒の主体性を感じさせ、健全なスキルを提供する教育を行っています。その目標は、生徒が世界中の仲間と協力して協力し、より良い世界に貢献することを楽しむことです。これを達成するために、社会的・情動的学習(SEL)、問題解決型学習(PBL)、そしてSTEAMアプローチを組み合わせた授業を開発し、各生徒が自らの目標を見出し、達成できるようにしています。

1.授業デザイン

この授業では、研究や製品開発で行われるプロセスに従って、社会で行われていることを簡略化した体験ができます。具体的には、図1に示すように、生徒はプロジェクトを成功させるために必要な人間関係のスキル、問題の設定、問題の理解、仮説と解決策の提案、実験の設計、実験の実施、結果の分析、提案の作成の一連のプロセスに1年間を費やします。生徒はプロジェクトメンバーを自由に決定することができ、メンバーは授業中に変更してもかまいません。これは現実世界でもよくあることです。この授業の対象は、15歳から17歳の男女で、2023年には、約400人の生徒がこの授業を受講しました。

図1. PBLのプロセス
図1. PBLのプロセス

授業での経験を社会での活動につなげるため、図2に示すように、放課後の活動の中で、生徒が企業や地域の人々、海外の高校生とオンラインや直接会ってコラボレーションする機会を設けています。現在はHonda Research Institute Japan(HRIJ)がコラボレーションの機会を提供してくれています。2023年には、京都で開催された国連主催の「インターネット・ガバナンス・フォーラム2023」にHRIJと本校生徒が参加し、HRIJの国際チームとの協働の経験について発表しました。

図2. 教室での学びと実践での定着

図2. 教室での学びと実践での定着

2. 授業例

以下では、授業内容について詳しく説明しますが、観察の結果は主観的なものであるため、今後統計的な手法で検証する必要があります。授業では約400名の学生が113のチームを作り、問題を提案しました。その結果、その4分の1以上が睡眠に関するものでした。睡眠は、社会性と情動のスキル調査の当初から、ストレス抵抗力の観点から生徒の幸福に欠かせない要素として扱われてきた。そこで、以下では睡眠に関する活動を例にとって説明します。

2.1 社会的情動のスキルの学習
プロジェクトを始める前に、生徒たちはエモリー大学が開発したSEEラーニングのテキストを使い、社会的情動的スキルを学びます。幸福感、共通の人間性、優しさ、思考の罠、システム思考などについて学び、考えるのですが、これらは楽しい共同作業に必要なスキルの重要な構成要素となっています。

2.2 問題の設定
このステップでは、まず各自が自分と自分の周囲を観察します。そして、自分が解きたい課題を無記名でオンラインのホワイトボードに書き出し、クラスメートと共有します。そして、同じような関心を持つ学生同士でチームを組みます。現実の世界でも、同じような価値観を持った人たちがNPOや会社を立ち上げることがよくありますが、それを小規模ながら体験できるプログラムになっています。また、起業に興味を持つ高校生もいることから、多くの企業が利用しているオンライン・アプリケーションも体験できるようになっています。

2.3 問題の分析
テーマは個人の日常生活に関係するものが多かったことから、問題点を把握するために、日常の行動を観察したり、アンケート調査を行ったりした。クラスメイト同士で話し合い、発表する中で、同じ「眠れない」という問題でも、その内容は人によってさまざまであることがわかった。

2.4 解決方法の仮説
仮説は、漫画を描いて仲間と共有しました。各チームに、オンライン・ホワイトボード上で漫画を描くための3つの枠が与え、最初のコマには、現在困っていること、最後の3コマ目には、それが解決したときの喜びを描いてもらいました。そして、各チームには2コマ目に何を入れるかを考えてもらいました。この2つ目の枠が彼らの仮説となります。

2.5 実験
このプロセスでは各チームに、自分たちが考えた仮説をどのように検証し、どの程度うまくいくかを自由に考えてもらいます。チームごとに考える問題が異なるため実験の場所は、自宅、学校、地域、オンラインなど、さまざまです。ここでは、データを集めてチームで共有し、集計する方法を学ぶのですが、その方法は各チームに任せています。詳しい方法を教えず、チームで自由に実験設計をさせる理由は、最初は失敗することが予想されること、そして人は失敗から学び成長することを限られた時間内に体験できるようにするためです。

例えば、入眠に問題があるチームは、入眠のためのリラックス法を研究・実践して実際にリラックス法を実施してみました。また、スマートフォンを見ている時間が長すぎて眠れないという問題があるチームは、スマートフォンを箱に入れて使えないようにし、実験結果の報告では、「8時間寝ると翌日の調子がいい」「スマホを使えないと宿題が早く終わる」「効果がない」という報告をしました。

2.6 データの分析
分析は、生徒が自分の問題、仮説、データの関係を分析してクラスメートに口頭で説明することで行います。収集するデータは、数値データ、写真、動画、テキストデータなど多岐にわたり各チームに合った分析方法を詳しく教える時間がないため、この授業では詳細な分析方法は教えませんが、学生たちには他の授業で学ぶ過程で分析方法を発見することを奨励しています。例えば、数学の授業で 「あ、これを使ってデータ分析ができるかもしれない!」と発見するかもしれません。この授業の目的は、生徒が自分で何かを解決する喜びを体験し、授業で学んだことが自分の役に立つことを理解し、授業内容に主体的に取り組む能力を向上させることです。

2.7 結果の発表
ここでの目的は、自分の考えたこと、検証したことを聴衆にわかりやすく伝える練習をすることです。また、生徒一人ひとりが自分の持ち味を生かした自己表現の機会を提供することも目的にしているため、各チームは自分たちの主張を最もわかりやすく伝えることができると思われる発表方法を選択します。通常のスライドを使った発表のほか、2Dのキャラクターに合成音声でしゃべらせる発表もありました。

3. 考察とまとめ

生徒たちは、自分の興味のあることを仲間と自由に調べ、会話を弾ませ、創造的なアイデアを生み出すことができました。また、欠席者が少ない傾向がみられたのは、このクラスでは常に仲間と話し合う話題を持っているためである可能性がありますが、さらなる調査が必要です。

多くの生徒は、睡眠に関する問題は個人的なものであり、自主的に解決しなければならないと考えています。けれども睡眠はストレス抵抗力と強く関連し、睡眠は普遍的に幸福感に影響を与えるというデータがあり、SSES2024でも睡眠の状況を追跡しています。将来的には、このデータをもとに、思春期の子どもたちが普遍的な問題として睡眠について話し合う機会を設け、世界中の仲間とともに問題を改善する経験を積めるようにできればと考えています。

メイクやヘアスタイルに関する問題を選択した女子生徒は、仮説構築やデータ収集に積極的に取り組み、問題の科学的背景についても自発的に調べていました。女子生徒も、自分に関心があることであれば理系の内容に積極的に取り組む可能性が高いと考えられます。

以下は、この授業を受けた生徒からの授業で学んだことについてのメッセージです。

他人に親切にすることの大切さ。/睡眠の質を高めるために取るべき行動を見つけた。/目標達成には計画と行動が必要。/言論の自由。/日常生活で起こる問題の解決方法。/自分の将来。/考えることが必要だと分かった。/それぞれのテーマ・問題について考えること(原因、解決策など詳しく)。/考えを共有し、お互いの意見に興味を持つこと。/他人と意見を交換すること。/自分で考え、発言する力。/目標設定の重要性

この授業を成功させるためには、生徒が安心して何でも話し、失敗を楽しみ、互いに助け合う環境を構築することが不可欠です。また、高校生の関心に応え、彼らを支援する授業をデザインするためには、質の高いデータと専門家の知識が不可欠であるため、OECD社会的・感情的調査(SSES)チームとの協力も続けていきたいと考えています。

 

この記事を書いたメンバー
今井 朝子
今井 朝子
(株)日立製作所にて研究開発に従事した後、アメリカの企業にて東京大学とイリノイ大学とのVRの国際研究プロジェクトに参加し、アプリケーション開発に従事。その後ユーザビリティーやフィールド調査に関するフリーランサーとして多数企業の新規事業提案等に携わる。現在、総務省情報通信審議会専門委員、OECD SSES National Project Manager、Salzburg Global Seminar Fellow、群馬県非認知教育専門家委員会委員、SEL Japan 運営メンバー、SEE Learning Japan運営メンバーを兼務。

<経歴>
・慶應義塾大学理工学部卒業
・慶應義塾大学大学院理工学研究科物理学専攻 修士課程修了
・イリノイ大学コンピュータサイエンス科 修士課程修了
・東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了